東海大学福岡短期大学紀要

Hisako Akai
赤井 ひさ子

Primary Teacher Training in India: District Institute of Education and Training in Haryana
インドの初等教員養成
−県教育研究所(DIET)卒業生意識調査の一考察 −


Abstract

Restructuring and reorganization of teacher education in India have been implemented after the adoption of the National Policy on Education 1986. This paper focuses on the District Institute of Education and Training (DIET) system, which provides pre-service teacher training for primary school teachers. Eventually, one DIET is scheduled to be established in each district.
According to the guideline prepared by the Ministry of Human Resource Development, a pre-service teacher training course in a DIET is designed to train its students through innovative and students-centered training methods. Successful students of the course are expected to contribute to the promotion of primary education in a district as primary teachers.
Results of a questionnaire administered by the author to recent successful students at Gurgaon, Haryana DIET revealed that (1) while the students praised the utility of the practice of teaching and their studies on how to teach subjects in primary school, they were less enthusiastic about the social theory which supports the practice; and (2) the students were critical of the training methods employed by the teacher educators at the DIET.
It was found that newly appointed teachers who observe the complicated reality of school education through their daily duties in schools are suitable informants to bring about improvement of teacher training programmes.

 Key words: Primary teacher training, Haryana, India, District institute of education and training

はじめに

 独立(1947年)後の1950年に発布された憲法は、 14歳までの児童への初等義務教育を10年以内に実現すること (第45条)1) を謳ったが、 初等教育該当年齢児童の就学率の全国平均は1995〜1996年で 1〜5学年では 66%、6〜8学年では43%という状況で2) 未だその実現には至っていない。 この状況には教育外的事項と内的事項にわたる種々の原因があるが、本稿は内的事項のうちで極めて重要な要因と考えられる教員の資質・資格にかかわる養成の問題についての考察を進めるものである。
 ここでは、 (1) 連邦政府の資料を用いて政府がこれまでに初等教員養成の改善のために行ってきた方策を概観し、 (2) ハリアナ州 (the State of Haryana) グルガオン県 (Gurgaon) に設立された県教育研究所 (District Institute of Education and training、 以下 DIET) の初等教員養成コースの卒業生を対象に実施した意識調査に焦点を置いて具体的に検討することとする。
 ハリアナ州は州規模が比較的小さいために全貌を把握し易く、 初等教育就学率が全国平均をやや上回っている(1〜5学年で78%、 1995〜1996年度) 程度であることから3)インドの典型例とも考えられ、取り上げるに適切だと考えるものである。
 筆者はハリアナ州の学校教育の調査を1996年から継続して行っており、 今回の調査もそれを踏まえている。また、 国立教育研究所 (National Institute of Educational Research and Training, NCERT と略称)4) からの助言・支援を得ることもできた。

1. 連邦政府の教育政策と初等教員養成

 連邦政府は、教育を独立後の政策の最優先事項の一つにあげてその拡充に取り組んだきた。しかし、教員養成は綿密な計画を欠き、教員養成機関は全国に均一に設置されぬままとなった。特に人口の85%を占める農村部には、1965年の段階で全初等教育機関の36%が設置されているにすぎなかった。5)
連邦政府が1968年に決議した「国家教育政策決議」6) では教育の再建を目的とし、この目的実現の根本方針として、全ての就学児童が定められたコースを修了することができるプログラムの開発の必要と、教員の果たす役割を明記した。すなわち、教育の質を決定する要件のなかで教員の在り様に注目し、教員養成と現職教育が教育改革の根幹をなすとしたのである。
 しかし、上記決議から15年近く経過した1980〜1981年になっても就学率は 1〜5学年で80%、6〜8学では41% (この数字は当該年齢児童のみでなく、就学の遅れや落第による当該年齢を上回った児童をも含んでいる)7) にすぎず、無償義務教育の実現は大きく遅れていたと云わざるを得ない。
 この状況に鑑み連邦政府は1985年に独立後の教育全般を検討し、その後の教育政策の方向を提案した「教育の挑戦-政策展望」8) を発表しが、それにおいて注目されるのは、教員養成と現職教育の早急な全面的改革が主張されたことである。
 翌1986年に新たに決議された「国家教育政策決議」9)は、初等教員養成を目的として、連邦政府が立案し予算も負担したうえで州政府がその計画を実行する「中央責任計画」10) として DIET 設立を打ち出した。さらに、この決議の実行のための詳細な「行動計画」11)を公表した。 この DIET については、各州 (State) 下の各県 (District)に一カ所の設立を原則とし、(1) 初等教員養成と初等教員への現職教育、(2) 地域社会の指導者や教育関係者への指導/助言、(3) 地域の教育に関する調査研究、を行うという位置づけが示された。これに基づき翌1987年には DIET 設立に関する指示が各州に示され、1988年始めには DIETの設立が開始され、県レベルでの初等教員養成が始まった。1989年には 国立教育研究所などの協力を得て、DIET の運営についてのより詳細な「教育と訓練のための県の研究所 ガイドライン」 (以下ガイドライン) が発表された。12)
 この「ガイドライン」 の示す初等教員養成は、(1) 入学資格を12年間の学校教育終了者とし、修業年限を2年とする、(2) ケース・スタディ、デモンストレーション、シミュレーションなどの学習者中心の教授法を用いる、(3) 期末試験のみではなく継続的評価をおこなう、などの特徴を持たせることでそれまでの教員養成の欠点を克服しようとした点に特色がある。
 これらの政策に加えて連邦政府は、独立後の努力にもかかわらず、非識字率は未だに50%であり、多数の人々は満足なレベルの初等教育から疎外されている点を憂慮し、1990年5月に「1986年の国家教育政策決議見直しのための委員会」 を任命した。13) 同委員会が1990年
12月に提出した報告書は、第13章「教員と生徒」 で教員養成の問題点を、(1) 現在の養成教育は理論中心である、(2) 学校や社会から乖離している、(3) 教育実習の内容がしばしば学校の実情に合っていない、と指摘した。14) さらに1991年の経済自由化政策実施に伴い、連邦政府は基本的に1986年の決議と計画を踏襲させながらも、「改定国家教育政策 1992年」15) を決議し、「改定行動計画 1992年」16) 発表をした。これによって DIET の設立はより促進されることとなった。この段階で全インドで306のDIET が設立認可を受けている。17)
 では DIET の教員養成コースの具体的活動はどのようなものか、ハリアナ州のそれに即して検討を加えたい。

2. ハリアナ州グルガオンDIET の教員養成

2-1. ハリアナ州の教員養成
 ハリアナ州は1966年にパンジャブ州の再編成に際して州として独立した。首都デリーの北部に位置しており、人口は1,646万人 (全人口の1.94%)18) である。主要言語はヒンディー語 (州人口の88.4%)、主な宗教はヒンドゥー教  (人口の89.3%)19) であり、比較的均一な人口構成と宗教構成をもっている。16の県があり、現在までに 8ケ所の DIET が設立されている。
 同州の初等教員養成機関は、DIET 設立以前には州内に公立のものが一カ所あるにすぎず、その定員数は80名で入学資格は10年の学校教育修了者で修業年限は2年であった。20) DIETの設立にともなって同州の初等教員養成は大幅に拡充されていくことになる。
 前述の「ガイドライン」 はインドの教育について、連邦レベルと州レベルに加えて、県レベルでの研究・指導が必要であると述べ、DIET がこの役割を担うものとしたが、21) ハリアナ州では、州レベルの研究機関として 1979年に設立された「州教育研究所」22) があり、州内の DIET は同研究所の指導のもとに活動を行っている。 同研究所に隣接しているグルガオン県 の DIET は、1989年に設立され、(1) 教員養成部門、(2) 現職教育部門、(3)非正規教育と成人教育部門、を持つ。教員養成部門の初等教員養成コース (12年の学校教育修了後入学試験を経て入学、2年制で定員約50名)23) では、州内の初等学校の授業科目であるヒンディー語、数学、社会、理科、体育、図画工作、道徳の教授法のほか、教育学、教育心理学、などの科目が学習されており、教育実習は一年間に約30日実施されている。
 筆者の行った面談を通して、グルガオン DIET の教員養成では「ガイドライン」 で示唆された学習者中心の教授法や教育機器を用いた指導などに力点を置いた方針をとっていることが確認できた。24)
「改定行動計画 1992年」 は、「どのような教育政策が定められようとも、その政策は最終的には教員によって実施される」25) と明言している。上記の初等教員養成コースの成否は大きな影響を持つといわねばならない。

2-2. 初等教員養成コース卒業生への意識調査
 今回の意識調査は、グルガオン DIET の初等教員養成コース (1984〜1986年のコースと1985〜1987年のコース) の卒業生を対象として、郵送アンケートの形で実施した。同 DIET は設立後10年ほどを経過しており、初等教員養成に実績があるので今回の調査対象として適切であった。これまで同 DIET は学生の在学時の氏名、住所については記録を保有しているが、卒業後については所在地を把握しておらず、就職状況などの調査も行っていなかった。また、先行研 究26)のアンケート調査の回収率が20%前後であったことも考慮し、比較的回収を期待し得る新しい卒業生を対象とした。
 アンケート作成は、1998年10月から11月にかけて行い、最終版作成に先立って州内の初等教員に試験的に実施し、より適切な内容のものとした。アンケートは同年12月中旬に100名の卒業生に対して郵送され、1998年12月末と
1999年2月末には、未回答者に対して郵送による督促を行った。
 アンケートは、(1) 回答者の個人情報、(2) 教員としての将来設計、(3) 教育現場での問題点、(4) DIET の初等教員養成コースへの評価、(5) 学校と地域社会についての意見、の 5つの部分で構成し、全部で48項目の質問を用意した。質問は選択式のものを中心し、いくつかの質問には回答者の意見が得られるように記述のためのスペースを用意した。また、ハリアナ州はヒンディー語を主な言語とすることと、初等教育には英語が導入されていないことから、アンケートは英語とヒンディー語を併用した。回答者はどちらかの言語または両言語で記述した。

 アンケートの回答率は35%であった。回答者の個人情報 (表1) から、次の事柄が明らかになった。
(1) 回答者の67%が初等教員としてハリアナ州内に勤務しており,未就職者は23%であった。(2) 回答者の89%が勤続年数が2年以内であった。(3) 回答者の77%が25歳以下であった。(4) 回答者の母語はヒンディー語 (100%) であった。(5)ヒンドゥー教を自分の宗教とした回答者が 94%であった。(6) 回答者の出身地はハリアナ州 (100%) であった。
 回答者の勤務と勤務校については、次の特徴が明かになった。初等教員として勤務している回答者のうち、73%が州立初等学校に勤務し、8%は州政府の援助を受けている私立学校に勤務し、19%は州政府の援助を受けていない私立学校に勤務していた (表2)。

 学校規模は生徒数が300名以下のものが65%を占め、教員数が一校あたり5名以下の学校に勤務する回答者が50%を占め、勤務校が農村部にある学校に勤務する回答者が85%を占めていた。そして一学級あたりの生徒数は40名までのものが72%を占めていたものの、80-90名のクラスも9%を占めていた (表2)。回答者の多くが農村部で比較的学校規模小さい学校に勤務している点が特徴である。
 前述のように回答者の4分の3が25歳以下であったが、DIET の初等教員養成コースへの入学資格は12年間の学校教育修了者 (落第などを経験しなければ17〜18歳)である。しかし、回答者のコース入学時の学歴は12年間の学校教育修了者が56%、大学修了者 (学士号取得者) が33%、中等教員の有資格者 (学士号取得後に教員免許取得のために一年間の教育を受けた者) が8%、そして修士号取得者が3%であった (表3)。すなわち回答者の44%が規定の学歴以上を取得した後に初等教員養成コースに入学したことになる。

 従来インドでは初等教員の社会的地位が低いとされ、初等教員になることは「最後の選択」27) とさえ言われてきた。 また、面談から得た情報によれば就職難から初等教員養成コースへの入学を選択する学生も多く、公立初等学校教員の給与も改善されつつあることからこのような変化がおこったとのことであった。初等教員の社会的地位に少しずつ変化がおこりつつあると言える。  回答者は、この教員養成コースへの入学の動機を、(1)教職を希望していた (62%)、(2) 教職と密接な内容の授業である (51%)、(3) 就職がほぼ保証されている (49%)、と回答した (表4)。これらの回答は前述の面談から得た情報を裏付けるもので、回答者が職業上必要な知識・技能を得ることを期待してこのコースに入学したことが明白である (表4)。

 そして教職を希望した理由としては (a) 教職に興味がある (64%)、(b) 教職は貴い職業である (62%)、(c) 教育を通して社会変革に貢献したい (56%) という回答が多数であった。他の理由としては、(d) 収入を確実にしたい (38%)、(e) 勉強を継続することができる(38%)、(f) 初等教育に貢献したい (36%) が多かった (表5)。

 回答者は教職に対して肯定的なイメージを選択していると同時に、定収入の確保や勉学の継続などの現実的な理由を教職を希望した理由としてあげている。28)
 現在ハリアナ州の州立学校では、教員に欠員が出ると補充のための募集を行うという方法で教員募集が行われている。ハリアナ州政府は DIET の初等教員養成コース卒業生が全員教職につくだけの欠員があるとしているが、農村部への赴任には宿泊施設、通勤の便などに困難が伴う場合も多い。
 回答者が現在何らかの勉学を継続しているかどうかを示したものが 表6 である。

回答者の79%が通信教員を受けていることが分かる。その内訳は、学士の通信教育を受けている者が40%、修士段階の通信教育が33%、中等教員資格を得る通信教育が7%、その他が10%、無回答が10%である。また、修士段階修了までを目指している回答者が69%に達している。インドでは初等教員よりも中等教員の給与が高く、中等教員の資格を得てより良い給与を得たいと望む初等教員も多い。
 今回のアンケートでは、将来も初等教員でありたいとの回答は25%であり、39%は上級クラスを教えたいと回答し、36%は教職以外の職を得たいと希望していた (表7)。


2-3. DIET 初等教員-養成コースへの評価
 次に、アンケート結果の中から (1)「ガイドライン」 で示唆された学習者中心の教授法や継続的評価などについて卒業生がどのような意見を持っているか、そして (2)「1986年の国家教育政策決議見直しのための委員会」が指摘した、教員養成における理論と実習の関係を卒業生はどのようにとらえているか、に焦点を絞りながら検討を加えることとする。
 養成コース全体への評価としては、教科科目を教えるにあたって必要な知識を修得できたとの回答が58%、 (b)教科科目についての知識をクラスで教える時に活用する技術を修得できたとの回答が63%、 (c) 学級運営のための技術を修得できたとの回答が66%、(d) 生徒・同僚・校長・生徒の両親・地域社会相互のよい関係を作るための技術を修得できたとの回答が68%であった (表8)。

 コースで学習した各科目が教職についてから役立っているかどうかの評価が 表9 である。

 この表から明らかなことは、各教科の指導法や教育実習は教職についてから役立つものであったとの評価が高い (役立たないとの回答は最高でも11%) のに対して、教育に関する理論を学ぶ科目である教育哲学と歴史 (役立たないとの回答が32%)、や教育理論 (役立たないとの回答が20%) の学習への評価が低い点である。
 これらは教職に即した授業内容をコース入学の動機としてあげた回答 (表4) と一致するものであり、回答者の実学志向を示すものでもある。また、教員養成における理論学習と実技の学習が遊離していることをも示しているといえる。
 そして、理論の学習と教育実習の割合については、適切だったとした回答と不適切だったとした回答がともに50%であった (表10)。

 DIET の初等教員養成コースでは期末試験以外に内部評価 (継続評価である。記述式の期末試験以外に、教員が学生の日常の活動や学習を評価するもの) を行っている。この内部評価に対する回答者の評価 (表10) は、多すぎたとする回答が56%で、適切であったとする回答が
43%と、否定的回答が上まわる結果になった。
 DIET の図書館設備については、満足であったという回答が47%であったが、その他の教育機器やコンピューターなどの設備については53%が不満足であったという回答であった (表10)。
 教育実習の期間については, 十分であったとの回答が54%、不十分であったとの回答が45%であった (表11)。

 初等教員養成コースの修業年限については 表12 に回答者の評価が示さていれる。「ガイドライン」 は2年間を示唆しており、ハリアナの DIET ではこれに従って初等教員養成コースをデザインしているが、1年間の修業年限で十分であるとする回答 (56%) が2年間がふさわしいとする回答 (44%) を上回る、という結果が得られた。

 今回のアンケートでは、(a) DIET の初等教員養成コースの改善と (b) 初等教育の改善について、回答者に意見の記述を求めた項目を設定し、コースの改善については42件、初等教育改善については40件の回答を得た。上述の統計に関連した回答から、回答者の評価をさらに検討することとする。
 まず、理論科目の学習 (哲学・歴史など) に否定的な回答の理由として次の諸点があることが明らかになった。回答者は、学校の実状がコースでの学習とは大きく異なっている点を指摘した。これには、基本的な設備の不足や補助教材の不足からコースで学んだいろいろな教授法を実際に用いる場合に困難があること、両親の教育への無関心や両親の経済的な困難に対処することが難しいこと、生徒の基礎学力不足から授業進度が遅れること、などさまざまな指摘が含まれていた。
 そして教育現場に直接関係ない理論科目よりも、より実用的な教授方法などをより詳しく学びたいという意見が示された。また、DIET の教官の授業方法が講義中心で興味が持てないとの指摘がなされた。
 教育実習については、学校の実状を知るために実習期間を延長すべきであるという指摘があった。また、さまざまな指導法をどのような場面で用いるかについて詳しく知りたい、生徒の個性にどのように対応するかを知りたい、という意見が出された。
 そして、提案として教育実習に先立って授業計画を DIET の教員と議論したい、シミュレーションのような授業を事前にDIET で実施すべきである、DIET の教員はいろいろな指導法をデモンストレーションによって示すべきである、等々があった。
 内部評価が多すぎるとの意見の理由として、教員の主観に左右されがちである、評価基準が明確でない、などの指摘がなされた。
 コースの修業年限が1年間でよいとした回答では、その理由として、学習内容が重複している、2年間という期間や DIET の設備が有効に使われていない、などの意見が見られた。
 これらの回答から、(1) 理論科目の学習については、その目的と有用性が学生に十分認識されていないこと、(2)「ガイドライン」 で示された学習者中心の指導方法が効果的に運用されていないこと、の二点が明らかになった。また、記述試験の欠点を補う目的をもつ内部評価だが、教員養成コースでの運用は容易ではないといえる。
 さらに、回答者に学校教育の改善に必要な事柄をたずねた結果が 表13 である。

 ここでは、「意欲ある教員の存在 (83%)」、「学校の基本的な設備 (89%)」 と並んで、多くの回答者が「教員への現職教育 (81%)」 を要因としてあげた点が重要であり、印象的である。また、DIET の初等教員養成コース卒業生同士で教育の問題点を話し合うことがあるかという問いに対して23%の回答者が頻繁に話し合う、60%が時々話し合う、と回答した (表14)。

その内容については、新しい教授法をどのように用いるか、シラバスや生徒の問題点とその解決策について話し合う、と回答しており、DIET を卒業した教員は相互に連絡を保っていることが分かる。そして、学校教育の問題点の克服に意欲をもっていると見るべきであろう。

 3. 初等教員養成の研究-今後の課題

 初等教員養成を全面的に再編成しようとした 1986年の「国家教育政策決議」 の方策は全国での DIET 設立によって量的には軌道に乗りつつある。また、ハリアナ州グルガオン県の DIET の初等教員養成コース卒業生への意識調査から、教員職に対する現職教員の意識に肯定的な変化を読み取ることができる。
 同時に今回の調査結果は、DIET の初等教員養成コースの問題点、とりわけ理論科目と実技の統合が充分なされていない点、新しい指導法が必ずしも効果的におこなわれていない場合がある点、そして、DIET の初等教員養成コースの内容と卒業生からの評価には隔たりがある点など明かにした。
 インドの教員養成の研究では、政策決定サイドが求める教員養成だけではなく、新しい教員養政策にそって養成され教員となる人々の変化をも検討する必要を認識する必要がある。今後、現実的かつ効果的な教員養成がいかに可能となっていくかについて、実証的な研究がますます求められることであろう。

付記: インド国立研究所、ハリアナ州教育研究所、グルガオン県教育研究所、そして今回のアンケートに回答をよせた初等教員に深く謝意を表すものである。

1)「国は本憲法発布から10年以内に全ての子供に対し 14歳を終えるまで、無償の義務教育を 与えるよう努力しなければならない」
2) National Sample Survey Organization Department of Statistics: "Attending an Educational Institution in India: Its Level, Nature  and Cost," (p.)17, Government of India, 1998.
3) Ibid. p.17.
4) 学校教育の向上を目的として1961年にデリーに設立された。連邦政府レベルの全インド的な研究を行う研究所である。
5) 弘中和彦:「アジアにおける教師教育政策の課題と動向」 日本比較教育学会紀要第4号,  1978, p.28.
6) Ministry  of Education Government  of India:"National Policy of education 1968," (pp.)2-3, 1968.
7) Ministry of Human Resource Development:
"Education For All - The Indian Scene,"
(p.)114, Government of India, 1993.
8) Ministry of Education: "Challenge of Education- a policy perspective," (pp.)55-57, (p.)98, 1985.
9) Ministry of Human Resource Development:
"National Policy on Education 1986,"
Government of India, 1986.
10) Centrally Sponsored Scheme.
11) Ministry of Human Resource Development:
"National Policy on Education Programme of
Action 1986," Government of India, 1986.
12) Ministry of Human Resource Development:
"District Institute of Education and Training
- Guidelines," 1989.
13) Committee for Review of National Policy on
Education 1986: "Towards and Enlightened and
Humane Society," Government of India, 1990.
14) Ibid. (p.)300.
15) Ministry of Human Resource Development:
"National Policy on Education 1992,"
Government of India, 1992.
16) Ministry of Human Resource Development:
"National Policy on Education 1992, Programme
of Action, 1992." Government of India, 1992.
17) Ibid. (p.)109.
18) Ministry of Information and Broadcasting:
"India 1996 - A Reference Annual," (p.)585,
1997.
19) B.Mahajan, R.S.Tyagi & S.Kumar: "Educational
Administration in Haryana," (p.)18, National
Institute of Educational Planning and
Administration, 1994.
20) R.K. Chopra: "Status of Teachers in India,"
(p.)37, (p.)40, (p.)43, National Council of
Educational Research and Training, 1993.
21) "District Institute of Education and Training
- Guidelines," (p.)3.
22) State Council of Educational Research and
Training. Gurgaon, Haryana.
23) ハリアナ州のDIETの初等教員養成コースでは、8年間の初等義務教育のうち1〜5学年を教えように訓練をおこなっている。現在インドでは初等教育を前期 (1〜5学年) と後期 (6〜8学年) にわけている。ハリアナ州では、6〜8学年を教えるためには中等教員資格が必要とされる。
24) 1998年11月 12日、18日、26日: SCERT   Gurgaon とDIET Gurgaon 訪問。SCERT     Gurgaon 所長 Mrs. K. Sandhir、DIET Gurgaon 所長 Mrs. C.Yadav  他と面談。
25) "Programme of Action 1992," (p.)109.
26) デリーのDIET卒業生を対象として1995年に実施され たアンケート調査 ( M.S. Patel:"Follow-up study of passed-out ETE trainees," SCERT).
27) "Challenge of Education - a policy perspective," (p.)55.
28) J.C. Goyal と R.K. Chopra の調査結果は、現職 の初等教員が教職を選択した理由として、
@ 教職はやりがいがある (51%)
A 教職は貴い職業である (59%)
B 自己啓発が可能である (46%)
の3点が多いことを明らかにしている。
しかし同時にこの調査は
C 他には勉学を継続する方法がなかった(36%)
D 他には仕事がなかった (22%)という理由があることも明らかにしている。
"The Elementary School Teacher - A Profile," (pp.)40-41, National Council of Educational Research and Training, 1990.

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